アーティスティックな看護師 求人
若い医師の要求の最も大きいものは、自分たちの医師としての能力を向上させることです。
私は、意欲ある若い医師を、医局や病院の垣根をなくして交流させ、大きく育てようとする姿勢を示すことが、若い医師を確保する最も重要なポイントだと思っています。
コストとクオリティ一国の医療ではアクセス、コスト、クオリティ、これらすべてを満足させることはできないとされています。
不満足な部分は必ず残るのです。
わが国ではこれまでアクセスを保証し、コストを抑制してきました。
つまり、誰もが、いつでもどこの病院でも受診できるということです。
しかし、そうなると待ち時間は長くなり、診療時間は短くなる。
必然的にクオリティ(安全はその一部である)は下がらざるを得ない。
今まで何とか医療従事者の献身的努力でクオリティを維持してきましたが、限界を超えました。
それを根性で何とかしろとか、処罰するから絶対にやれといっても無理というものです。
〇四年の先進国の医療費の対GDP比は、アメリカが一五二二パーセントで、以下ドイツ一〇・九、フランス一〇・五、カナダ九・九、イタリア八・四、イギリス八・三、日本は八・〇パーセントでした。
日本の医療費の対GDP比はイギリスに追い越されて、先進七ヶ国で最低になりました。
とりわけ入院診療に費用がかけられていません(外来診療費は世界的にみてそう低いものではない)。
入院診療費の対GDP比は、一九六〇年から九八年を通して、先進国中で最低です。
さらに入院病床に対する医師の配置数でみるとアメリカの五分の一、ドイツの三分の二看護師の配置はアメリカの五分の一、ドイツの二分の一という有様です(『月刊保団逮』臨時増刊号/七七〇号「医療保険と診療報酬」)。
日本の医療現場の労働環境は非常に苛酷なのです。
厚生労働省による診療報酬体系の改定で在院日数が短縮化されたため、私の勤めている虎の門病院のような急性期病院が全体的にICU(集中治療室)化しています。
病棟ではさまざまなアラーム音が頻繁に鳴り響いている。
私が主として利用している病棟(病床数五六)では、患者を手術室に運び、また迎えにいくといった作業だけで一日十往復を超えることもあります。
医療行為の蝦庇を問われないようにするため、手続きが複雑化しています。
手術室で患者を受け渡す際には確認事項が多く、三一二項目のチェックリストがある。
これだけで長時間の労力が要る。
もちろん他の入院患者にも手がかかるし、随時、記録を残さなければいけない。
手がかからなくなればすぐに退院ですから、病棟では一日あたり新規の入退院が十名を超えます。
新規患者は一人一人から詳しく病状を聞き、また記録を残す。
退院患者には退院指導をする。
ほんとうに目が回るようです。
ICUというのは重症で手間のかかる患者を治療する病棟ですから、通常の病棟よりも多数の看護師が配置されている。
通常の病棟のICU化とは、看護師の労働が苛酷になっているのに、それに見合った形での増員はなされていないことを意味します。
こうした病棟では深夜勤務がとくに危ない。
看護師二人で三十~五十名の患者を管理しなければなりません。
これは危険なことです。
例えば、人工呼吸器はちょっとしたことで不具合が生じやすく、不具合が十分以上続くと、重大な被害が発生します。
人工呼吸器を装着している患者がいると、人手さえあれば起きないはずの事故が起きるのは当然のことです。
いったん事故が起きると、患者の家族は人員配置やコストの問題ではなく、あくまで善悪の問題としてとらえます。
しばしば看護師を処罰することを求め、賠償金を要求します。
もし院長が安易に患者の立場に立ってしまうようだと、看護師の士気は落ち、大量辞職も起こりかねません。
医療の崩壊が現実のものとして危惧されるなか、〇六年四月の診療報酬改定では、物価上昇傾向の中でマイナス三・一六パーセントという史上最大規模の医療費削減が実施されました。
日本の医療費は、八〇年代前半以降世界に例をみない抑制政策がとられ続け、さらに強化されています。
では、どのような理念に基づいて医療費抑制政策は継続されてきたのでしょうか。
八三年当時の吉相仁厚生省保険局長の「医療費をめぐる情勢と対応に関する私の考え方」が『社会保険旬報』に載っています。
この中に医療費抑制の三つの理念が示されています。
第一は「医療費亡国論」。
このまま医療費が増え続けると、租税・社会保障負担が増大し、日本社会の活力が失われる。
第二は「医療費効率逓減論」。
医療費を増やし続けても、徐々に投入された医療費の効率なり効用が逓減する。
医療費を増やすより、予防、健康管理、生活指導に重点を置くようにすべきである。
第三は「医療費需給過剰論」。
医療の供給と需要の間にプライスメカニズムが働かないために、需要供給とも過剰になる傾向がある。
さらに一県一医大政策で医師が過剰になり、必要以上に医療が提供される可能性が高い。
以後、この理念に基づいて徹底した医療費抑制政策がとられ続けてきました。
しかし、日本医師会は、中央社会保険医療協議会(中医協)における政治活動によって、開業医の診療報酬を高く保つことに努め、それなりに成功しました。
二〇〇〇年八月時点で、日本医師会で大きな決定権を持つ代議員三百四十二名のうち、勤務医はわずか二十一名(六・一パーセント)でした。
開業医とは自分で小さな診療所を経営する医師、勤務医とは病院に勤務して給与を得る医師のことです。
勤務医は政治的に無力であったために、入院診療費は世界的にみても極端に低く抑えられてしまった。
外来診療報酬も、同じ診療をしても、開業医が高くなるように設定されました。
しかもアクセスを制限しなかったので、病院の医療現場に過剰な労働負担をもたらしました。
こうした中、医療の限界と不確実性を認めない患者と社会が、医療を攻撃し始めました。
その結果、医師が士気を保てずに病院から立ち去り始めてしまったのです。
吉村論文が書かれた八〇年代半ばに、七〇年当時に目標とした医師数、人口十万人に対して百五十人が達成されました。
医科大学が数多く新設されていたこともあって、当時の厚生省は、将来は医師が過剰になると予想しており、吉相氏の医療費需給過剰論もその予想を前提にしていました。
しかし〇四年、厚労省による『医師の需給と医学教育に関する研究報告書』の前書きには、「国際的にはこれまで『医療の効率性、とくに医療費の削減を目指す観点から医師数を規制する』政策が主流であったものが、『安全や質の確保から必要な医師を増やすべき』という政策基調に大転換している」と書かれています。
〇二年、日本の医師数は人口十万対二百六名。
OECD加盟国は平均で人口十万に対して二百九十名です。
大半の先進国で、日本よりはるかに医師の数は多いのです。
吉村論文の医療費抑制のための三つの理念というのは、医療がうまく運営されているという前提で、医療費を抑制するために用意された旧厚生省の決意表明のようにみえます。
医療崩壊が現実味をもって議論されている状況で通用する論理ではありません。
厚労省は日本の医療現場の混乱や、世界における医療の考え方の変化を認識しなかったか、あえてみないふりをしてきました。
今や、「医療費過剰抑制亡国論」、「医療費過剰抑制、効率低下漸増論」とでもいうべき状況になっています。
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